2026-10-05
その看板、まだ「調剤薬局」ですか?
医薬担当審議官の“違和感”が照らす、
処方箋依存モデルの出口とDX
厚生労働省の中井清人・大臣官房審議官(医薬担当)が9月24日、専門紙の共同取材で「調剤薬局」という呼び名への違和感を口にし、処方箋に寄りかかった薬局の経営と業務に苦言を呈した。薬系技官トップのこの一言は、単なる言葉の好みの問題ではない。2026年度調剤報酬改定で新設された「門前薬局等立地依存減算」、2027年5月に施行を控える改正薬機法、そして同じ取材で語られた「治験支援薬局」構想を並べてみると、国が思い描く薬局像はすでに処方箋の外側に移っていることがわかる。
発言の主は「薬局政策の当事者」である
中井氏は1990年に明治薬科大学を卒業し、同年に旧厚生省へ入省した薬系技官である。保険局医療課の薬剤管理官として2016年度改定に携わり、「かかりつけ薬剤師指導料」の創設にも関与した。その後、医薬安全対策課長、医薬品審査管理課長、PMDA安全管理監を歴任し、2026年8月4日付で現職に就いた。このポストに私立大学出身者が就くのは初めてである。
注目すべきは、この経歴が「薬局・調剤報酬」と「審査・治験」の両方にまたがっている点だ。中井氏は以前から、日本の治験環境の競争力向上を持論としてきた。同じ取材で治験支援薬局に言及したのは偶然ではなく、薬局政策と創薬政策をつなぐ人物ならではの発想だと読める。
もう一つ、皮肉な符合がある。中井氏は薬剤管理官時代のインタビューで、調剤報酬は本来、現場がすでに取り組んでいることを評価するものであり、国が報酬で強く誘導する時代ではないという趣旨を語っていた。それから約10年、国はいまも報酬の加算と減算で薬局の行動を変えようとしている。審議官の「違和感」には、現場の自発的な変化を待ち切れなかった政策当局者の焦りもにじむ。
「調剤薬局」は法律用語ではない
薬機法上、薬局はそもそも薬剤師が調剤を行う場所として定義されている。「調剤薬局」は意味が重なる俗称であり、医薬分業の拡大とともに業界内外に定着した呼び名にすぎない。
問題は、この呼び名が自己像を狭めてしまうことにある。たとえるなら、病院が自らを「処置室」と名乗るようなものだ。機能の一部を看板に掲げると、それ以外の機能は利用者からも働き手からも見えなくなる。「調剤薬局」という看板の下では、薬局は「処方箋を受け取って薬を渡す場所」、薬剤師は「処方どおりに薬をそろえる人」として認識されやすい。
医薬分業の本来の狙いは、処方する医師から独立した立場で、重複投薬、相互作用、残薬、ポリファーマシーを点検することにあった。ところが実態は、特定の医療機関の門前や敷地内に立ち、その処方箋に経営を委ねる薬局が多い。独立した監査役よりも、便利な受け取り窓口としての性格が前面に出る。中井氏の違和感は、呼び名がこの構造を再生産していることに向けられている。
数字が示す「ビジョン未達」と、立地という代理指標
2015年の「患者のための薬局ビジョン」は、「門前から、かかりつけ、そして地域へ」という転換を掲げた。しかし2025年11月の中医協資料では、処方箋集中率85%以上の薬局の割合が2015年の32.5%から2024年には39.3%へと、むしろ上昇していることが示された。10年近い政策誘導を経ても、立地依存は減るどころか強まっている。
これを受けて2026年度改定は、集中率85%以下の薬局の調剤基本料を引き上げる一方、2026年6月1日以降に新規指定される薬局を対象に「門前薬局等立地依存減算」(調剤基本料から15点減算)を新設した。都市部の門前・密集立地や、医療機関と同一敷地・建物内で集中率が85%を超える薬局が対象となる。
ここで見逃せないのが、担当の清原宏眞薬剤管理官の説明である。清原氏は、医療DXが進めば門前薬局でもかかりつけ機能は果たせるとしたうえで、現段階では実態がそこまで至っていないため、過渡的に立地で評価せざるを得ないという趣旨を述べている。つまり、国が本当に測りたいのは「どこにあるか」ではなく「何をしているか」だ。立地は、薬局の中身を直接測れない現状での代理指標にすぎない。この点こそ、テックの視点から読むべき核心である。
「中身」を測る物差しはデータになる
立地が代理指標にすぎないなら、中身を測れる仕組みが整った時点で、評価の軸は移る。その仕組みの候補がすでにそろい始めている。電子処方箋、電子カルテ情報共有サービス、オンライン資格確認に連なる薬剤情報である。2026年度改定では、旧来の医療DX推進体制整備加算が「電子的調剤情報連携体制整備加算」に一本化された。DXは「導入すれば加点される設備」から「情報連携を前提とした体制」へと位置づけが変わりつつある。
データ連携により評価材料となり得る「行動の記録」
- 複数医療機関の服用薬をどれだけ一元管理できているか
- 疑義照会や処方提案が、処方変更や有害事象の回避にどれだけつながったか
- 残薬調整やフォローアップを、いつ、誰に、どの程度実施したか
こうなると、薬歴は「監査に耐えるための記録」から「薬局の価値を証明するエビデンス」へと性格を変える。構造化された記録を残せる薬局と、そうでない薬局の差は、報酬の差として表れる可能性が高い。2027年5月20日に施行される改正薬機法も、同じ方向を指している。「健康増進支援薬局」への再編や、対物業務の機械化・集約化、対人業務の地域移行といった「分業の再設計」が着々と進んでいる。
治験支援薬局――「処方箋の外」に置かれた最初の制度
報道によれば、中井氏は同じ取材で「治験支援薬局」に触れ、薬局薬剤師が創薬に携わる新たな流れと位置づけた。
治験支援薬局がDX文脈で重要なのは、分散型臨床試験(DCT)との相性の良さだ。治験薬の配送や交付、服薬状況の確認、被験者の来局時の対応、有害事象の早期把握といった業務は、地域に根ざし、患者と継続的に接している薬局が得意とする領域である。薬局ネットワークは、医療機関の外側に広がる「治験の末端インフラ」になり得る。
ただし、求められる水準は保険調剤とは異なる。GCPの理解、記録の真正性(いわゆるALCOA原則)、被験者情報のセキュリティ管理が必須となる。また、日頃の信頼関係を背景に被験者募集へ関与する場合には、利益相反や患者の自発的意思への配慮が欠かせない。「処方箋の外」の業務には、処方箋の内側とは別の規律が要る。
反論にも耳を傾けておく
審議官の苦言には、現場から当然の反論もある。主なものを整理しておく。
・門前立地は患者の選択の結果でもある:病院のすぐそばで薬を受け取りたいという需要は現実に存在し、立地依存を一方的に悪と断じることはできない。
・対人業務の時間の原資がない:薬剤師不足のなかで、処方箋処理を続けながら在宅やフォローアップを広げるのは容易ではない。
・「脱・処方箋依存」と「無診察投薬の拡大」は紙一重:零売やOTC類似薬をめぐる議論が示すとおり、処方箋に頼らない収益を追うことが、安全性の軽視につながる危険もある。
・呼び名を変えても構造は変わらない:看板を掛け替えても、待合で処方箋をさばき続ける構造が残れば何も変わらない。
結局のところ、呼称の問題は入り口にすぎない。問われているのは、薬局が自らの価値を「処方箋の枚数」以外の言葉とデータで説明できるかどうかである。
📌 現場への5つのアクション
看板と名乗り方を点検する
店舗看板、名刺、求人票、Webサイトで「調剤薬局」を使っていないか見直す。提供している機能(在宅、健康相談、服薬フォローなど)で自局を説明できるかが、職員の自己認識を変える第一歩になる。
集中率と受付構成を毎月「見える化」する
処方箋集中率、応需医療機関数、在宅やOTC相談の比率を月次で追う。新規出店や移転を検討している法人は、2026年6月以降の新規指定に減算が適用される点を出店計画に織り込む。
対人業務の記録を構造化する
フォローアップ、処方提案、残薬調整を、後から件数や結果を集計できる形で薬歴やレセコンに残す。自由記述だけの記録は、将来の評価軸の変化に耐えられない。
電子処方箋・情報共有サービスを「情報を取りに行く基盤」として使う
加算要件を満たすための接続で終わらせず、他院処方や検査値の確認を日常業務に組み込む。連携データを使った一元管理の実績こそが、立地に代わる評価材料になる。
治験・研究への参加に備える
GCPの基礎研修、地域の医療機関やSMOとの接点づくり、被験者情報を扱える情報管理体制の棚卸しを今のうちに始める。制度の詳細が固まってから準備を始めては遅い。
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