2026-08-03
その「善意の医薬品」、被災地の重荷になっていないか
薬剤師が今知るべき支援の作法
段ボール箱の山、ラベルのないバッグインボックスに詰められた謎の液体、使用期限切れの薬。善意で送られたはずのそれらは、結局、被災地の廃棄コストとして跳ね返ってくる。個人の「なんとかしたい」という衝動と、被災地全体にとっての最適解は、必ずしも一致しない。本コラムでは、災害医療の現場から届いた証言をもとに、薬局・薬剤師が果たすべき支援のかたち、そして平時から備えておくべき体制について考える。
山積みの段ボールが語るもの
10年前の熊本地震(2016年4月14日)、被災地支援で現地入りした、ある薬剤師のもとには、全国の薬局から届いた支援物資が積み上がっていた。中身を開けると、ラベルすら貼られていない謎の液体200リットルが「消毒に役立ててほしい」という手紙とともに入っていた。使用期限が切れた薬剤も少なくなかったという。「自分たちには不要でも、被災地でなら使ってもらえるかもしれない」という送り主の善意は疑いようがない。
しかし、被災地支援に入った薬剤師は、出所不明の液体や期限切れの薬剤を患者に使用するわけにはいかない。結局、それらは仕分けられ、廃棄されることになる。そしてその処分費用は、ただでさえ逼迫した被災地の負担となる。善意が、意図とは逆の結果を生む典型例である。

「個別最適」と「全体最適」はなぜ両立しないのか
なぜ、こうしたことが繰り返されるのか。その本質は、個人にとっての最適な行動が、全体にとっての最適な行動と一致しないという構造にある。
目の前で困っている一人を助けることは、支援する側にとってもされる側にとっても、疑いなく「正義」である。しかし、被災地には同時に無数の「困っている一人」が存在する。仮に善意を持つ支援者一人ひとりが、それぞれの判断で物資を送り、あるいは現地に向かえば何が起きるか。道路は渋滞し、緊急車両の通行を妨げ、公的な支援ルートの流動性そのものが損なわれる。
10年前の熊本地震の際、自衛隊だけで延べ35万人に710トンの水と、人工透析用水390トンを含む物資を届けたという記録がある。仮にこれを一般の乗用車が100リットルずつ運ぼうとすれば、1万台を超える車両が必要になる計算になる。安全が確保されていない被災地の道路網が、そうした善意の車両で埋め尽くされれば、緊急車両は動けなくなり、透析治療すら回らなくなる事態も想定し得た。個々の「善意」が集積すると、全体としては不利益の総量を増やしてしまう——これが災害支援における根本的な逆説である。
もちろん、命に関わる緊急性が高く、かつ本人しか手元に持っていない物資を、安全に届けられる場合には、個別支援が正当化される局面もある。しかし「あったら助かる」程度の物資であれば、それは公的な仕組みを通じて届けるべきものであり、個人の判断で動かすべきものではない。この線引きの感覚こそ、医療従事者が平時から意識しておくべき視点である。
モバイルファーマシーという「組織的解」
こうした個別最適の暴走を防ぎ、被災地に薬剤師の専門性を届ける仕組みとして整備されてきたのが、モバイルファーマシー(災害対策医薬品供給車両)である。東日本大震災で医療機関が壊滅的な被害を受けたことを教訓に、宮城県薬剤師会が、ライフラインが失われた大規模災害時にも通常の調剤と医薬品供給を継続できる自立型の医療支援ユニットとして開発した。
キャンピングカーを改造し、自家発電機やソーラー発電機、水タンクなどを搭載した「走る薬局」であり、被災地の県あるいは日本薬剤師会からの正式な要請を受けて出動する仕組みになっている。薬剤師法上、薬剤師は薬局以外の場所で調剤してはならないと定められており、薬機法や薬局等構造設備規則の制約からモバイルファーマシーは通常時には薬局として認められず、災害時に限定して運用されている点も、この仕組みが「例外的な非常時対応」として厳格に位置づけられていることを物語る。
全国では薬剤師会や大学、企業が所有するモバイルファーマシーが24台以上配置されており、2024年1月の能登半島地震では発災直後から2月下旬までに全国から13台が出動し、被災地の地域医療復旧に重要な役割を果たしたという。個人の善意を「組織を通じた専門的支援」に転換する仕組みが、着実に社会実装されてきたことがわかる。個々の薬局や薬剤師が果たすべき役割は、この組織的なネットワークに「どう接続するか」を平時から把握しておくことに尽きる。
現場で突きつけられる、もう一つの専門性の壁
被災地に入った薬剤師チームが実際に直面するのは、物資の問題だけではない。ある証言では、3人1組の薬剤師班が「情報収集・ミーティング出席」「モバイルファーマシー担当」「OTC仕分け」に役割を分担してタスクに当たったという。
このうちOTC仕分けを担当した薬剤師が指摘するのは、薬剤師であってもOTC医薬品を苦手とする人が少なくないという現実である。特に病院薬剤師にとっては馴染みが薄く、薬局薬剤師の中でも「得意」と言い切れる人材は年々少数派になっているという。処方箋医薬品の調剤には精通していても、山積みになった多種多様なOTC医薬品を短時間で仕分け、必要な人に必要なものを届けるという業務は、平時とは異なる専門性を要求される。
この指摘は、被災地支援という非日常の場面に限った話ではない。セルフメディケーションの推進やOTC類似薬の保険給付見直しが進む中、薬局薬剤師にとってOTCへの知見は平時から重要度を増している分野である。災害時の現場が浮き彫りにしたのは、平時の教育・研修体制の延長線上にある課題だと捉えるべきだろう。
📌 薬局・薬剤師が今からできること
未要請の物資は送らない
医薬品・衛生材料の支援は、都道府県薬剤師会や日本薬剤師会など公式チャネルを通じて「求められているもの」だけを送る。自己判断による送付は、たとえ善意であっても被災地の負担(仕分け・廃棄コスト)になり得ることを組織内で周知する。
自局の災害時支援体制を事前に確認する
所属する都道府県薬剤師会の災害時医療救護マニュアルや、モバイルファーマシーの派遣要請フローを平時から把握しておく。
OTCの専門性を組織的に底上げする
OTC仕分け・服薬指導は災害時に限らず今後の薬局業務の核となる領域であり、研修受講や勉強会を通じて苦手意識を解消しておく。
寄付は原則として金銭支援を基本とする
現地で必要な物資は現地調達・公的ルート経由で届けるほうが効率的であり、金銭による支援は仕分けコストを発生させない。
SNS発信は「個別支援の正義」が公的支援への不信を煽らないよう配慮する
現場の美談を無自覚に発信することが、結果として組織的支援の妨げになり得ることを理解しておく。
「やっているだけでは生き残れない」という視点は、平時の経営戦略だけでなく、有事の支援行動にも当てはまる。目の前の一人を救いたいという衝動を否定する必要はない。しかし、その衝動をどのチャネルに乗せるかという判断こそが、専門職としての薬剤師に問われている。





